介護ヘルパー養成講座がはじまりました。
今まで、カラダ、こころ の治療という立場できたので、介護(福祉職という立場が新鮮でとても興味深く、面白く感じられました。介護保険制度の内容に初めて踏み込み、様々な保険や制度を組み合わせたケアプランの立て方など、社会システムの利用方法を学ぶことができるようで、うれしくもあります。自分の老後(もうすでに入っているかも?)の参考にも◎。
共に生き、互いに学び、こころの道をまっとうする。
「忘れられない看護エピソード」http://www.nurse.or.jp/home/event/simin/episode/index.html#02
2012年05月20日
2012年05月18日
2012年05月17日
九州の旅 その1
3週間に亘る九州旅行から帰宅しました。
南から北に移動するにつれて、ヤマト文明の影響が濃くなっていくようでした。 新緑の季節のおかげで、植物の圧倒的な生命の息吹とヒカリの恩恵に 浴することができました。
鹿児島から宮崎日南、宮崎から長崎・高島、高島から大村、茂木を経て長崎市内。佐賀は吉野ヶ里遺跡。いったん博多に出て、太宰府を歩いたのち、博多街中。神戸で数泊して新宿。阿蘇に行く予定だったのですが、友人たちが国東半島で開かれたおまつりにでかけたため、長崎まで直行。
九州の電車の旅はよいですよ。
木づくりの座席に人造皮革のクッションがお尻と腰と頭の部分についていて、座り心地がよく、2両でとことこ。南は無人駅も多く、のんびりしていました。
鹿児島は、天文館の友人宅に泊めていただいて、
たっぷりじっくり話し、色んな所に出かけました。
メインの一つは、しょうぶ(学園)工房でした。http://www.shobu.jp/kobo.html
工房しょうぶでは、障害を持つ人たちの感性あふれる創作姿勢に魅せられ、工芸・芸術・音楽を中心に創造的な活動を行っています。工房を利用する人だけでなく、サポートに携わるスタッフも表現者という同じ立場でコラボレーションを重ねながら、障害者施設そのものが「与えられる」側から「創り出す」側に立つことを目指しています。
学園内には、布、木、土、和紙の工房などがあり、そこでの作業は純粋な創造性にあふれています。こうした環境から生まれた作品は、工芸や現代アートの世界から高く評価され、開催(出展)する展覧会は国内だけでなく、海外にもおよんでいます。また他にも花と野菜の農園や食の工房などの活動があります。
天文館からバスで15分くらいの菖蒲谷で下車。
敷地はそんなに広くないのに、ゆったりと工房やカフェが独立して建てられていて、壁画や床のタイルや屋根に生えてる草や竹風鈴が可愛くて。カフェでいただいたパスタやコーヒーもおいしかったし、あんパンもおいしかった。
木の工房ギャラリーで展示されてた切り株椅子は、丁寧にやすりがかけられて、とてつもなく座り心地がよいうえに、そのデザインセンスときたら。nui-projectの作品の凄さは写真で推して知るべく、厚みがたっぷり。かけられた時間と集中エネルギーを感じます。
訪ねた時、ミーティングルームで、「舞い」を皆さんでご覧になっておられたのですが、その舞いの不思議さが忘れられません。神楽だったのでしょうか。
このような障害者施設がもっともっと増えることを願ってやみません。心ある優れたプロデューサーとそれを支える層の厚さが必要でしょうか。
つづきます..
<今日のおまけ>
http://www.youtube.com/watch?v=CW0wkgMgAzc
しょうぶ学園のパーカッションバンド Otto & Orabu のGood neighbors jamboree 2011 での Live 模様ダイジェスト
南から北に移動するにつれて、ヤマト文明の影響が濃くなっていくようでした。 新緑の季節のおかげで、植物の圧倒的な生命の息吹とヒカリの恩恵に 浴することができました。
鹿児島から宮崎日南、宮崎から長崎・高島、高島から大村、茂木を経て長崎市内。佐賀は吉野ヶ里遺跡。いったん博多に出て、太宰府を歩いたのち、博多街中。神戸で数泊して新宿。阿蘇に行く予定だったのですが、友人たちが国東半島で開かれたおまつりにでかけたため、長崎まで直行。
九州の電車の旅はよいですよ。
木づくりの座席に人造皮革のクッションがお尻と腰と頭の部分についていて、座り心地がよく、2両でとことこ。南は無人駅も多く、のんびりしていました。
鹿児島は、天文館の友人宅に泊めていただいて、
たっぷりじっくり話し、色んな所に出かけました。
メインの一つは、しょうぶ(学園)工房でした。http://www.shobu.jp/kobo.html
工房しょうぶでは、障害を持つ人たちの感性あふれる創作姿勢に魅せられ、工芸・芸術・音楽を中心に創造的な活動を行っています。工房を利用する人だけでなく、サポートに携わるスタッフも表現者という同じ立場でコラボレーションを重ねながら、障害者施設そのものが「与えられる」側から「創り出す」側に立つことを目指しています。
学園内には、布、木、土、和紙の工房などがあり、そこでの作業は純粋な創造性にあふれています。こうした環境から生まれた作品は、工芸や現代アートの世界から高く評価され、開催(出展)する展覧会は国内だけでなく、海外にもおよんでいます。また他にも花と野菜の農園や食の工房などの活動があります。
天文館からバスで15分くらいの菖蒲谷で下車。
敷地はそんなに広くないのに、ゆったりと工房やカフェが独立して建てられていて、壁画や床のタイルや屋根に生えてる草や竹風鈴が可愛くて。カフェでいただいたパスタやコーヒーもおいしかったし、あんパンもおいしかった。
木の工房ギャラリーで展示されてた切り株椅子は、丁寧にやすりがかけられて、とてつもなく座り心地がよいうえに、そのデザインセンスときたら。nui-projectの作品の凄さは写真で推して知るべく、厚みがたっぷり。かけられた時間と集中エネルギーを感じます。
訪ねた時、ミーティングルームで、「舞い」を皆さんでご覧になっておられたのですが、その舞いの不思議さが忘れられません。神楽だったのでしょうか。
このような障害者施設がもっともっと増えることを願ってやみません。心ある優れたプロデューサーとそれを支える層の厚さが必要でしょうか。
つづきます..
<今日のおまけ>
http://www.youtube.com/watch?v=CW0wkgMgAzc
しょうぶ学園のパーカッションバンド Otto & Orabu のGood neighbors jamboree 2011 での Live 模様ダイジェスト
2012年04月13日
元気それはいくらでも
暖かくなりましたね。
サクラ並木、サクラ吹雪く中を
チャリでゆっくり走る。
クルマに気をつけつつ、散り往く満開のサクラを
下から流れとともに見あげつつ、走る。
木曜夕方の飛行機出発まで、ぱたぱたと仕事が入ってくる。
わたしみたいに土日でも泊まりでも、ぱきぱき青春期の青少年でも
げんきいっぱいの小学生相手でもやれる人が少ないので、重宝されてる模様。
体力勝負なところもあるので、日々の健康管理はきっちりやってます。
食事内容は、玄米食だけが頼りという大変情けないものですが。
(ふくいっつあん..。
というわけで、今夜も泊まり。
動きやすい季節になって、うれしい!
****
野口晴哉
元気それはいくらでもある。
人間は元気に活発にふるまう程元気は湧き出ます。
出たらなくなってしまうものではない。しかし出しっ放しにしたり、
空元気をしぼり出そうとしてはいけません。休めること、慎むこと、
惜しむこと、それと一緒に自分の為にばかりその元気を使うことを考えないで、
大勢の人、又隣の人の為にその元気を使うことを心がけねばなりません。
そうする限り元気は無限です。
今の日本に一番必要なことは、皆が元気よく活発に行動することであります。
若い世代は逞しく育っております。率直を軽薄と見、物怖じしないことを浮かれて
いると見て、その下にある逞しさを見逃して、可からずばかりで束縛することをのみ
考えていてはいけません。嘘の中にも知恵を見、乱暴の中にも気力を見て、
それを育てるよう導かねばなりません。正確を強いて物真似人種をつくるより、
法螺の中にある空想を育てて独創への道に誘う可きでしょう。
自分が元気がなくなると他人の元気がうるさく感ずるものですが、
騒々しさがうるさく感じた時こそ元気を振り起こす可きです。
サクラ並木、サクラ吹雪く中を
チャリでゆっくり走る。
クルマに気をつけつつ、散り往く満開のサクラを
下から流れとともに見あげつつ、走る。
木曜夕方の飛行機出発まで、ぱたぱたと仕事が入ってくる。
わたしみたいに土日でも泊まりでも、ぱきぱき青春期の青少年でも
げんきいっぱいの小学生相手でもやれる人が少ないので、重宝されてる模様。
体力勝負なところもあるので、日々の健康管理はきっちりやってます。
食事内容は、玄米食だけが頼りという大変情けないものですが。
(ふくいっつあん..。
というわけで、今夜も泊まり。
動きやすい季節になって、うれしい!
****
野口晴哉
元気それはいくらでもある。
人間は元気に活発にふるまう程元気は湧き出ます。
出たらなくなってしまうものではない。しかし出しっ放しにしたり、
空元気をしぼり出そうとしてはいけません。休めること、慎むこと、
惜しむこと、それと一緒に自分の為にばかりその元気を使うことを考えないで、
大勢の人、又隣の人の為にその元気を使うことを心がけねばなりません。
そうする限り元気は無限です。
今の日本に一番必要なことは、皆が元気よく活発に行動することであります。
若い世代は逞しく育っております。率直を軽薄と見、物怖じしないことを浮かれて
いると見て、その下にある逞しさを見逃して、可からずばかりで束縛することをのみ
考えていてはいけません。嘘の中にも知恵を見、乱暴の中にも気力を見て、
それを育てるよう導かねばなりません。正確を強いて物真似人種をつくるより、
法螺の中にある空想を育てて独創への道に誘う可きでしょう。
自分が元気がなくなると他人の元気がうるさく感ずるものですが、
騒々しさがうるさく感じた時こそ元気を振り起こす可きです。
2012年04月10日
ごぶさたしています。
春満帆、サクラも満開に。
障害者ケアの仕事に打ち込んでおりますが、休みをいただいて、九州旅行にでかけることにしました。
羽田から鹿児島に飛行機で飛んで、バスや電車で、宮崎〜熊本〜佐賀など友人に会ってきます。
九州は、わたしの想像をはるかに超えて広いことがわかってまいりまして、めずらしく簡単なプランを立てております。
別世界な島に想えてまいりました。
<今日のオマケ>
88888!!! http://www.ted.com/talks/lang/ja/jr_s_ted_prize_wish_use_art_to_turn_the_world_inside_out.html
障害者ケアの仕事に打ち込んでおりますが、休みをいただいて、九州旅行にでかけることにしました。
羽田から鹿児島に飛行機で飛んで、バスや電車で、宮崎〜熊本〜佐賀など友人に会ってきます。
九州は、わたしの想像をはるかに超えて広いことがわかってまいりまして、めずらしく簡単なプランを立てております。
別世界な島に想えてまいりました。
<今日のオマケ>
88888!!! http://www.ted.com/talks/lang/ja/jr_s_ted_prize_wish_use_art_to_turn_the_world_inside_out.html
2012年01月05日
『3.11を心に刻んで』(岩波書店)
一人ひとりが考えぬき、それが言葉となり行動となりして表れ、ようく交わり、合意に至ってはじめて、全体としての事が決まる。
***
http://www.iwanami.co.jp/311/index.html
『3.11を心に刻んで』私たちは、3月11日の大震災において被災された方々のことを心に刻み、歩みたいと思います。そして、どのような状況にあっても言葉を恃むことを大切にしたいと願い、ホームページ上での連載をはじめることにしました。毎月さまざまな方に、過去から蓄積されてきた言葉に思いを重ねて書いていただきます。毎月11日の更新です。
岩波書店編集部
2011年12月29日
よしもとばななさん
私個人はいつも税金に負われて大金持ちになったことはなく、家は借家、ホテルもいつも最高三ツ星くらいの人生だが、お金持ちにはよく接する。 みんな、お金というものを宝くじに当たったみたいにばーんと入ってきてあとは安心、というイメージでとらえているが、それは違う。お金とは、植物や子どもを育てるように絶え間ない管理があってはじめて安定するものなのである。だからお金がたくさんあれば、一生マメな管理の苦労がつきまとう。そして、健康も結婚もみんなそれと同じと思う。ある高いステージがあってそこに行けさえすれば安泰、というのは幻想で毎日こまめに調整し、注ぎ、手足を動かしてやっと管理できたり安定する。だからこそ毎日のことに愛情を注げる人が多くを持つ人になるのだろうと思う。
間断ないめんどうくさい果てしない作業の連続が、人々が言う「幸福」と呼ばれるものだ。怠ればすぐに失う。ダイエットだっていっしょだ。楽して得られるものはこの世になにもないし、それを体で学ぶために、その可能性をさぐるために、人は生まれてくるシステムになっているのだと思う。絶え間ない日々の管理の苦しみの中に幸せを見つけることができるのが人の力だ。本気で農業をやっている人に聞くと、みな収穫は格別の喜びだが、日々作物に接している自然との対話のほうがほんとうの喜びだと口を揃えて言う。腰が痛くても果てしなく雑草が出ても虫と闘っても、毎日の終わりが幸せだと。次のステージに楽があるというのは全くの幻想だ。今、目の前のことだけだと思う。だれにだって不幸な日はあるし、その連続はある。その中をかいくぐっていく闘いの重さこそが、一般に言う幸福(結婚、育児、お金、仕事、人間関係での成功など)の現実、真実だと思う。恒常的な幸せはない。もちろん幸せになんてなりたくなければ、ならない自由さえある。
全てが流れうつろっていくこの世で、なにかをキープするということは、本体が常に微妙に動いていなくてはならない。それは物理的にも当然な法則だと思うので合ってる気がする。キープしながら、肉体の終わりまで毎日果てしなく微調整をする。それが人生。そのたいへんさに対応する二パターンは、ためて楽してまとめて大変さを味わうタイプと、自分のドラマの中に逃げ込むタイプが代表的だ。だれでもたいていそのどちらかに偏っている、そのくらい大変だがやりがいのある仕事を毎日生きてるだけで、人はしてるのだろう。みなさん、一年間ありがとうございました。よいお年を、よい年にしましょう。
補足。人間の真の可能性とはその二パターンから離脱した人生を歩もうとすること。それさえ間断なく調整することが必要。「間断ない日々の調整、今ここ、しかない」という人間のあり方は、心臓が間断なく動き、呼吸を数分止めただけで死んでしまうこの肉体のシステムからして理にかなっていると思う。
今書いたことの種をそれぞれがどこかで芽吹かせてくれたらと思ってシェアしました。新しい年になればなんでも解決することはなく、間断なくなにかを解決して私たちは進むでしょう。でも希望を!
間断ないめんどうくさい果てしない作業の連続が、人々が言う「幸福」と呼ばれるものだ。怠ればすぐに失う。ダイエットだっていっしょだ。楽して得られるものはこの世になにもないし、それを体で学ぶために、その可能性をさぐるために、人は生まれてくるシステムになっているのだと思う。絶え間ない日々の管理の苦しみの中に幸せを見つけることができるのが人の力だ。本気で農業をやっている人に聞くと、みな収穫は格別の喜びだが、日々作物に接している自然との対話のほうがほんとうの喜びだと口を揃えて言う。腰が痛くても果てしなく雑草が出ても虫と闘っても、毎日の終わりが幸せだと。次のステージに楽があるというのは全くの幻想だ。今、目の前のことだけだと思う。だれにだって不幸な日はあるし、その連続はある。その中をかいくぐっていく闘いの重さこそが、一般に言う幸福(結婚、育児、お金、仕事、人間関係での成功など)の現実、真実だと思う。恒常的な幸せはない。もちろん幸せになんてなりたくなければ、ならない自由さえある。
全てが流れうつろっていくこの世で、なにかをキープするということは、本体が常に微妙に動いていなくてはならない。それは物理的にも当然な法則だと思うので合ってる気がする。キープしながら、肉体の終わりまで毎日果てしなく微調整をする。それが人生。そのたいへんさに対応する二パターンは、ためて楽してまとめて大変さを味わうタイプと、自分のドラマの中に逃げ込むタイプが代表的だ。だれでもたいていそのどちらかに偏っている、そのくらい大変だがやりがいのある仕事を毎日生きてるだけで、人はしてるのだろう。みなさん、一年間ありがとうございました。よいお年を、よい年にしましょう。
補足。人間の真の可能性とはその二パターンから離脱した人生を歩もうとすること。それさえ間断なく調整することが必要。「間断ない日々の調整、今ここ、しかない」という人間のあり方は、心臓が間断なく動き、呼吸を数分止めただけで死んでしまうこの肉体のシステムからして理にかなっていると思う。
今書いたことの種をそれぞれがどこかで芽吹かせてくれたらと思ってシェアしました。新しい年になればなんでも解決することはなく、間断なくなにかを解決して私たちは進むでしょう。でも希望を!
チベット医学のシャンプー
ダラムサラのメンツィーカン(チベット医学占星術学院)で購入したヘアシャンプー、黒くどろっとしてほんの少しで足りる。洗髪後はさっぱりさわやか、頭皮に優しい感じ。材料を厳選して良心的に作っているので、ほとんど儲けがないって学生さんが心配してた。
2011年12月24日
ウーム大丈夫
心に拠りどころが無いということは人を不安にし、頼るべからざるものに迄しがみつく原因である。殊に最近の金詰まり、徴税恐
慌の時代にあっては何人も安心して生きている訳にはゆかない。新興宗教の流行も故無きではない。洪水、火事、台風、そういふも
のも次から次へと来る。
心を余程しっかり保っていないと、心が風に吹かれ、水に浸され、火で燃えてしまふ。心の中心にもしウーム大丈夫をおけば、
その心は火に焼けず水に溺れず、風に動じない。不景気も税金も冒すことが出来ない。多くの人の心からウーム大丈夫が去って、ナ
アニ大丈夫といふような根の無い空想への逃避や、マア大丈夫だらうといふ僥倖頼りしか無い今日にあっては、心の中に ウーム大丈夫 といふ中心をおく必要があること明瞭である。
「ウーム大丈夫」とは下腹に息を吸込んで丹田を満して大丈夫と念唱することである。之をくり返していると、何事かに出会ふと腹の中からウーム大丈夫と力強い言葉が湧いて来る。こうなれば何でも出来る。どんなことが起こっても不安は無い。どんなことであっても一番悪いのは絶望と不安と焦燥であって、中でも絶望は死への道である。
明るい太陽の光迄が灰色になってしまふ。貧も病も辛いものには相違ないが絶望程に人を痛めない。失敗も煩悶も、絶望が無ければ人を活す道となる。
正座して腹へウームと息を吸込んで丹田の気力を満して大丈夫と念唱しよう。
腹の中に大丈夫を容れて、心を静かに乱さず生くる事が全生の道である。大丈夫とは正を踏んでおそれず、義を見て退かず、愛に溺れず、慾に迷はず、天下の広居にあって天下大道を行ふ。浩然の気もこの裡にあり、綽々たる余裕もこの裡より生じ、泰山の動かざる信も又この裡にある。大丈夫とは不安無く悔無く、希望の輝ける理想の啓かるる伸び進んで止らざる人の心をいうのである。
それ故迷ふことあるとき、悩むことある時、苦しい時、乏しい時、虚なる時、不運なる時、ウーム大丈夫と腹の中で念唱して見よ。
忽ち迷ひ去り、悩み去り、苦去り、貧去り、虚去り、安心と希望と財福と健康が訪れる。大丈夫の腹にある時は心を乱すものは何ものも近づかない。天変地異も、虎狼も矢弾も、不幸も欠損も心に這入らない。
何故かといふと心は雰囲気を造り、雰囲気は物理的な力となってそれのもつはたらきを発揮する。繁盛の雰囲気は繁栄を造らうし、愉快な雰囲気は愉快な人を多くする。念ずれば現じ、思へば在る。人間は自分の境涯を支配している。境涯とはその思考の反影に他ならない。その思ふが如き人生に人は生きている。ウーム大丈夫と唱へよう。念じよう。腹の中から自づからこの声が湧きおこるまで。
病んでいる人も悩んでいる人も、貧しい人も富んだ人も、丈夫な人も皆腹の底迄息を一杯に吸込んで、ウーム大丈夫と唱へよう。
今の日本で必要なものは金でも物でも人でも無い。智慧でも、知識でも、慾望でも無い。ウーム大丈夫 之だけだ。之の欠乏が今日の如く人を不安にし世の中を騒がしくしている。
ウーム大丈夫 この心に生くる者は必ず幸せになる。豊かになる。丈夫になる。元気になる。迷ふことは無い。たった一言でもよい。ウーム大丈夫と唱えて見よ。忽ち世界は暗より明に転ずるであらう。
昭和二十五年十二月
野 口 晴 哉
慌の時代にあっては何人も安心して生きている訳にはゆかない。新興宗教の流行も故無きではない。洪水、火事、台風、そういふも
のも次から次へと来る。
心を余程しっかり保っていないと、心が風に吹かれ、水に浸され、火で燃えてしまふ。心の中心にもしウーム大丈夫をおけば、
その心は火に焼けず水に溺れず、風に動じない。不景気も税金も冒すことが出来ない。多くの人の心からウーム大丈夫が去って、ナ
アニ大丈夫といふような根の無い空想への逃避や、マア大丈夫だらうといふ僥倖頼りしか無い今日にあっては、心の中に ウーム大丈夫 といふ中心をおく必要があること明瞭である。
「ウーム大丈夫」とは下腹に息を吸込んで丹田を満して大丈夫と念唱することである。之をくり返していると、何事かに出会ふと腹の中からウーム大丈夫と力強い言葉が湧いて来る。こうなれば何でも出来る。どんなことが起こっても不安は無い。どんなことであっても一番悪いのは絶望と不安と焦燥であって、中でも絶望は死への道である。
明るい太陽の光迄が灰色になってしまふ。貧も病も辛いものには相違ないが絶望程に人を痛めない。失敗も煩悶も、絶望が無ければ人を活す道となる。
正座して腹へウームと息を吸込んで丹田の気力を満して大丈夫と念唱しよう。
腹の中に大丈夫を容れて、心を静かに乱さず生くる事が全生の道である。大丈夫とは正を踏んでおそれず、義を見て退かず、愛に溺れず、慾に迷はず、天下の広居にあって天下大道を行ふ。浩然の気もこの裡にあり、綽々たる余裕もこの裡より生じ、泰山の動かざる信も又この裡にある。大丈夫とは不安無く悔無く、希望の輝ける理想の啓かるる伸び進んで止らざる人の心をいうのである。
それ故迷ふことあるとき、悩むことある時、苦しい時、乏しい時、虚なる時、不運なる時、ウーム大丈夫と腹の中で念唱して見よ。
忽ち迷ひ去り、悩み去り、苦去り、貧去り、虚去り、安心と希望と財福と健康が訪れる。大丈夫の腹にある時は心を乱すものは何ものも近づかない。天変地異も、虎狼も矢弾も、不幸も欠損も心に這入らない。
何故かといふと心は雰囲気を造り、雰囲気は物理的な力となってそれのもつはたらきを発揮する。繁盛の雰囲気は繁栄を造らうし、愉快な雰囲気は愉快な人を多くする。念ずれば現じ、思へば在る。人間は自分の境涯を支配している。境涯とはその思考の反影に他ならない。その思ふが如き人生に人は生きている。ウーム大丈夫と唱へよう。念じよう。腹の中から自づからこの声が湧きおこるまで。
病んでいる人も悩んでいる人も、貧しい人も富んだ人も、丈夫な人も皆腹の底迄息を一杯に吸込んで、ウーム大丈夫と唱へよう。
今の日本で必要なものは金でも物でも人でも無い。智慧でも、知識でも、慾望でも無い。ウーム大丈夫 之だけだ。之の欠乏が今日の如く人を不安にし世の中を騒がしくしている。
ウーム大丈夫 この心に生くる者は必ず幸せになる。豊かになる。丈夫になる。元気になる。迷ふことは無い。たった一言でもよい。ウーム大丈夫と唱えて見よ。忽ち世界は暗より明に転ずるであらう。
昭和二十五年十二月
野 口 晴 哉