2010年08月13日

「殺すな、殺されるな」 福島菊次郎

  「戦争を知らないこどもたち」の孫が育つ時代。
八月は、記憶を語り継ぐ月。戦争、原爆、老い、生死の意味..

  カメラウーマンのMさんから教えていただいた
伝説の報道写真家・福島菊治郎さんのyoutube映像、6)まで、
しっかり見入ってしまった。

  89歳で年金も拒否して、99.9%自分は孤独死するであろうと
腹をくくり、今まで撮ってきた写真や文章をまとめたり、
DaysJapanに記事を書いたりする日々。祝島にでかけたりもしている。

  3回にわたって、岩国基地を訪ねた感想。
日本人がしだいに反戦を忘れ、今ではすっかり基地とも和気合い合い。
日本はアメリカの植民地になってしまった。

日本人は辛抱強いから、政府のいいなりになって、殺されている。

  知らない人が見たら、可愛いおじいちゃんと言われそうな、
昆虫を鋳型にした素敵なアクセサリーを作る彫金の腕も達者なお洒落人。


伝説の写真家、福島菊次郎の最後の講演&写真展を開催します
http://hmw.or.jp/~fukushima/

抵抗の涯てに 〜写真家・福島菊次郎の"遺言"〜 (1)

http://www.youtube.com/watch?v=kqbdjD0rVJA&feature=related


福島菊次郎プロフィール

1921年山口県生まれ。報道カメラマン福島菊次郎としての原点は、広島原爆を6日間の違いで免れ、米軍上陸を想定した九州の蛸壺壕で爆雷を抱え敗戦を迎えたことにある。

戦後、国に見捨てられた被爆者の苦しみを撮影し続け、『ピカドン』を出版(1961)。上京後は60年代から70年代の激動期に、三里塚闘争、ベトナム反戦市民運動、全共闘運動、自衛隊と兵器産業、公害問題、若者の風俗など、多岐にわたる現場を取材し、10冊を超える写真集を刊行した。

天皇の戦争責任を問い続け、「自衛隊は違憲である」との信念から、防衛庁を欺いて自衛隊の軍事演習、隠された兵器産業などをつぶさに撮影し、報道。暴漢に襲われ重症を負い、自宅は不審火で焼けたが信念を貫いた。国に絶望し、マスコミにも絶望した福島は、26年前に東京を捨てて瀬戸内の島に入植。 1987年には、『戦争がはじまる』と題したフォトルポルタージュを刊行する。まさに改憲の野望に燃える政権の登場を予言したかのようなこの写真集は、今こそ必見の書といえるだるう。

孤高のジャーナリストも老境の90歳、体重37kgで満身創痩。報道写真家として、主権者の1人としての責任をまっとうしようと、ジャーナリズムのあり方をタブ一なく論じる。 07年6月に都内で行なわれた「遺言講演会]に続いて、08年9月には東京・府中市で「遺言講演会part2」及び写真展を開催。会場にあふれかえる幅広い年齢層の人々の熱い要望に応えて、この夏再び山口県から駆けつけ、 最終講演と写真展を行なう。
posted by pecoe at 18:33| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記
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Excerpt: いっかんし反軍 福島菊次郎翁! 8月14日、府中市のホール。伝説の報道写真家、福島菊次郎「『遺言 パート三』最終講演会&写真展」に駆けつけた。07年にも「遺言」と題した講演会の名称に驚いて出向いた。そ..
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Tracked: 2010-09-06 20:40