2011年12月24日

ウーム大丈夫

 心に拠りどころが無いということは人を不安にし、頼るべからざるものに迄しがみつく原因である。殊に最近の金詰まり、徴税恐
慌の時代にあっては何人も安心して生きている訳にはゆかない。新興宗教の流行も故無きではない。洪水、火事、台風、そういふも
のも次から次へと来る。

  心を余程しっかり保っていないと、心が風に吹かれ、水に浸され、火で燃えてしまふ。心の中心にもしウーム大丈夫をおけば、
その心は火に焼けず水に溺れず、風に動じない。不景気も税金も冒すことが出来ない。多くの人の心からウーム大丈夫が去って、ナ
アニ大丈夫といふような根の無い空想への逃避や、マア大丈夫だらうといふ僥倖頼りしか無い今日にあっては、心の中に ウーム大丈夫 といふ中心をおく必要があること明瞭である。

 「ウーム大丈夫」とは下腹に息を吸込んで丹田を満して大丈夫と念唱することである。之をくり返していると、何事かに出会ふと腹の中からウーム大丈夫と力強い言葉が湧いて来る。こうなれば何でも出来る。どんなことが起こっても不安は無い。どんなことであっても一番悪いのは絶望と不安と焦燥であって、中でも絶望は死への道である。

 明るい太陽の光迄が灰色になってしまふ。貧も病も辛いものには相違ないが絶望程に人を痛めない。失敗も煩悶も、絶望が無ければ人を活す道となる。

 正座して腹へウームと息を吸込んで丹田の気力を満して大丈夫と念唱しよう。


 腹の中に大丈夫を容れて、心を静かに乱さず生くる事が全生の道である。大丈夫とは正を踏んでおそれず、義を見て退かず、愛に溺れず、慾に迷はず、天下の広居にあって天下大道を行ふ。浩然の気もこの裡にあり、綽々たる余裕もこの裡より生じ、泰山の動かざる信も又この裡にある。大丈夫とは不安無く悔無く、希望の輝ける理想の啓かるる伸び進んで止らざる人の心をいうのである。

 それ故迷ふことあるとき、悩むことある時、苦しい時、乏しい時、虚なる時、不運なる時、ウーム大丈夫と腹の中で念唱して見よ。

 忽ち迷ひ去り、悩み去り、苦去り、貧去り、虚去り、安心と希望と財福と健康が訪れる。大丈夫の腹にある時は心を乱すものは何ものも近づかない。天変地異も、虎狼も矢弾も、不幸も欠損も心に這入らない。

 何故かといふと心は雰囲気を造り、雰囲気は物理的な力となってそれのもつはたらきを発揮する。繁盛の雰囲気は繁栄を造らうし、愉快な雰囲気は愉快な人を多くする。念ずれば現じ、思へば在る。人間は自分の境涯を支配している。境涯とはその思考の反影に他ならない。その思ふが如き人生に人は生きている。ウーム大丈夫と唱へよう。念じよう。腹の中から自づからこの声が湧きおこるまで。

 病んでいる人も悩んでいる人も、貧しい人も富んだ人も、丈夫な人も皆腹の底迄息を一杯に吸込んで、ウーム大丈夫と唱へよう。


 今の日本で必要なものは金でも物でも人でも無い。智慧でも、知識でも、慾望でも無い。ウーム大丈夫 之だけだ。之の欠乏が今日の如く人を不安にし世の中を騒がしくしている。

 ウーム大丈夫 この心に生くる者は必ず幸せになる。豊かになる。丈夫になる。元気になる。迷ふことは無い。たった一言でもよい。ウーム大丈夫と唱えて見よ。忽ち世界は暗より明に転ずるであらう。


   昭和二十五年十二月

                                     野 口 晴 哉
posted by pecoe at 17:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
はじめまして。野口先生の「ウーム大丈夫」を調べているうちにこちらに辿りつきました。昭和25年にこのような境地でいらっしゃった野口先生は改めてすごいですね。フェイスブックにリンクを貼らせていただきます。よろしくお願いいたします。
Posted by 黒崎成男 at 2013年04月24日 12:49
黒崎様
コメントありがとうございます☆
しばらく留守にしておりましたものですから、お返事がすっかり遅くなりました。
野口先生の揺るぎのない「ウーム大丈夫」に励ましをいただいて、地道を一歩一歩まいりましょう。
Posted by ペコ at 2013年05月11日 16:45
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